コンビニエロ本問題を考える(結

承前

コンビニ各社が参加しているセーフティステーション活動が毎年リポートを出している。これを見ると、エロ本の取扱店舗の件数がわかるので参照してみよう。
ちなみに、この文でいう「エロ本」とは主に自慰行為のお供として制作され、そのような目的で購買され使用されると一般に認知されている雑誌のことで、コンビニで「成人向け雑誌」と言われているものを指す。

H26リポート 母数50329店
成人向け雑誌取扱をしない店舗 4521店=9%
ゾーニングしている店舗    45507店=90.4%
ゾーニングしていない店舗    301店=0.6%


H25リポート 母数46271店
成人向け雑誌取扱をしない店舗 3995店=8.6%
ゾーニングしている店舗    42035店=90.8%
ゾーニングしていない店舗    241店=0.5%


※H24リポート以前は「店舗に有害図書指定の案内があった場合の対応」に関する件数報告なので比較できない


上記の通り、H25からH26にかけては、成人向け雑誌を取り扱う店舗数は増えているが割合としては微減となっている。
みなさまご存知のように、ミニストップ全店でエロ本の取扱をやめることが決定している。さらに、店舗コンセプト・ブランディングとしてエロ本の取扱をしないという方針のチェーンは他にもあるようだ*1
エロ雑誌を取り扱うコンビニ店舗数は今年から来年にかけて大きく落ち込むことになる。ただ、他のコンビニがこうした流れに追随するかどうかは単純な話ではない。

例えば、セブンイレブンは立地条件を20以上のセグメント化していて、それぞれの立地条件において商品ラインを微妙に替えているようである。ぶっちゃけ、中高年男性が多く立ち寄る立地では、エロ本は収益源として有力なのだろう。
特に中高年において、コンビニの利用比率は男性のほうが多い。料理や買い物には一定のスキルが必要であり、女性は一般に男性よりこのスキルが高いので、食料品の買い物はスーパーマーケットなどでおこない、自分で調理する傾向がある。中高年男性は日用品も食料もなんでもコンビニですませようとするようだ、エロも含めて*2
ここで、既存の中高年男性顧客を大切にするか、高齢化して買い物も調理も面倒になってきた女性層などを新規に開拓するかでコンビニの戦略は変わってくる。その戦略が典型的にあらわれるのがエロ本ということになるのだろう。


推測だが、ミニストップ(と親会社のイオン)やエロ本撤去を決めた他のチェーンは、過密出店をするセブンイレブンあたりに比べてターゲットとなる顧客層の構成が単純なのだろう。最大手ではないがゆえに顧客を絞りにかかっているということでもある。セブンあたりでのエロ本撤退は、一定の立地における収益の悪化を意味するだろうから、そう簡単に雪崩をうってコンビニがエロ本から撤退するというのは考えにくいように現時点では思われる。

とはいえ、気になることはある。コンビニの慢性的な人手不足との関連だ。
コンビニエロ本問題はとかく客側と店側の視点でしか語られていないが、従業員、特にバイト従業員にとって職場でエロ本を取り扱う意味というのは無視してよいことではない。エロ本を取り扱う店舗では、従業員が陳列や検品などの管理をしなければならないのだが、これ、嫌な人は嫌なんじゃね?
また、セーフティステーション活動リポートによると、エロ本を扱う店舗では未成年者がエロ本を買いにきてトラブルになるということもあるようで、大声で恫喝したり、果ては暴力を振るう事例まであるようだ。そこまでなくても、エロ本で誘発される従業員へのセクハラも想定できるわけで、エロ本を取扱う店舗では女性バイトが入りたがらない、ということはあってもおかしくないのでは? 今まではコンビニには当たり前にエロ本があったわけだが、それが当たり前でなくなると、職場環境としてエロ本の有無が選別条件になるかもしれない。これは経営に深刻な影響を与える可能性がある。
この辺の動きが出てきたら、コンビニ業界でいっきにエロ本撤退もありえる。


また、コンビニには高校生バイトが入っている。高校生にエロ本の管理をやらせるのはだいぶ問題だし、高校生バイトにエロ本を触らせなくても「エロ本の置いてある高校生の職場」ってのはどうなんでしょう? さらに言えば、セーフティステーション活動において、コンビニ各社は小・中学生の職場体験を行なっているが、まさかエロ本おいてある店舗でやってるわけじゃないよなあ、と心配である。

さて、ミニストップの一件においては、「実質的に千葉市という自治体、つまりお上からの押し付けなのではないか」という反応が見られる。もっともな反応ではある。
しかし、ここで考えなくてはならないのは、前回述べたこと、つまりコンビニは公共セクターに食い込み、多数の自治体と包括的な業務提携を行い、自らを社会インフラと宣言しているというところだ。実際に、千葉市はイオンおよびセブンイレブンと包括提携協定を結んでいるのだ。自治体が社会インフラを自任する業務提携先の企業に要請したということと、お上が民間に押し付けをしたということはだいぶ異なる。提携先への要請とは、つまりパートナーへの要請なのである。


しかも、要請されていたのは撤去ではない、エロ雑誌の表紙へのカバーかけ。つまり一種のゾーニングだったのである。

そもそもコンビニに要求されるエロ本のゾーニングの要求というのは「見たくない人あるいは子どもに表紙を見せるな」にほぼ集約される。この「見たくない人あるいは子ども」というのはエロ本の中身を確認しない人たちなわけで、「コンビニエロ本はすでにゾーニング済みでソフトなものしか入ってませんよ」と反論してもなんの意味もない。中身の問題ではないからだ。
理論上も実務上も「中身」の問題ではない、中身つまり表現は自由だ、というのがゾーニングの肝である。言い方を変えれば「中身」を問題にするのが表現規制なのである。前者を支持し後者を否定することについては「序」で述べたとおりだ。
問題は表紙だ。あの「カッコつけてるけど女はホントはやられたくてウズウズしてるの無茶苦茶にしてあっはーん♥」という吹き出しがついてそうな表紙とアオリ文句が問題なのだ。表紙さえ隠せば「見たくない人あるいは子ども」には見えなくなる。ならばフィルム包装などで隠せば良いし、あるいは表紙が「〜あっは〜ん♥」なものでなくなればよい。購買カードや番号などでレジで指定する方法もある。



http://www.akaneshinsha.co.jp/item/10742/ より


というわけで、コミックLO最新号の表紙を貼りつけた。中身は結構えぐいロリコン系のエロ漫画誌のようであるが*3、何度も繰り返すように中身は問題ではない。この雑誌では基本的にエロ系の表紙やエロ煽り文句を使わないようである。コミックLOはコンビニ流通しているエロ本ではないようだが、むしろこれこそコンビニの棚においても大丈夫な商品なんじゃなかろうか?


成人向け雑誌として明らかな棚の区分があり、テープ止めで立ち読みできないようになっており、未成年には売らないということであれば、表紙さえおとなしければ、あるいは表紙さえ隠せば問題はないことになるはずなのだ。わたせせいぞう(古いかw)の表紙イラストを使って外国人もののエロ本とか、いっそ葛飾北斎の絵を表紙に使って触手モノとか、考えようによってはクールジャパンやんけ。オリンピックで来日した外国人も大喜びだ!
これは現実的に可能なゾーニングの方法論のひとつであると思う。少なくともゾーニング論者にとっては説得力のある回答である。


ああ、そういえば、「コンビニエロ本は縦置きにして背表紙だけ見せればいいやん」と主張している方は昔からいましたよね。これがいちばん簡単な表紙対策とはいえるかw

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「序」で、内容規制や発禁などについては表現の自由で対抗できても、ゾーニングには対抗できないことを論じた。ゾーニングは表現したい人と見たくない人が共存できるほぼ唯一の方法であるから、ゾーニングが要求されているときに「表現の自由」を持ち出すのは悪手といってよい。
ところがこのコンビニエロ本問題では(この問題でも、といったほうが正確かもしれないがw)この悪手が連発されているようだ。ネットでの反応はもちろんのこと、堺市でのエロ本フィルム包装条例に対する日本雑誌協会の反応を見ても、選択の自由を振りかざすばかりで見たくない人のことを考えていない*4


ゾーニングの最大の問題点とは、コストがかかることである。表現の自由に関する議論がおきるたびに「ゾーニングの徹底」が言われ、そして実現してこなかった。理想的なゾーニングというのは困難でも、もうちょっと適切なゾーニングがなされれば問題はぐっと減ると言われてきたのに実現してこなかった。ゾーニングにはコストがかかるからだ。
千葉市は提携先企業であるイオンとセブンイレブンゾーニングを要請した。セブンイレブンは拒否し、ミニストップ(イオン)は受け入れた?
違う! ミニストップゾーニングを拒否したのだ。ゾーニングを拒否して撤去という実はお手軽な代替手段を選択したのである。結果は正反対にみえて、セブンイレブンミニストップもどちらも自らの経済合理性に従ってゾーニングを拒絶したという意味では同様の選択をしたのだ。


そしてコンビニエロ本は野放しか撤去かの不毛な二択を「当面は」強いられることになった。無策と撤去の二択しかないのであれば、見たくないもの・子どもへの配慮を重視するものは撤去を支持するしかない。いくつかのアンケートでは、撤去を支持する声の方が確実に大きい。二択を前提にすればこうなるのは必然である。
エロ本はさらに衰退するだろう。時代の趨勢もあるが、ゾーニングのコストを負わずにただ自由を念仏のように唱える擁護側の無策無能と傲慢によっても衰退するだろう。紙媒体のエロ本に長らくお世話になった身としては寂漠たる心持ちである。

表現の自由にはコストが必要である、というと嫌な気分になる人がいる。
「ああ、表現の自由は人を傷つけることもある、っていうアレね。自分が傷つけられる被害者にならない人がよく言うアレね。弱い人たちだけに「コスト」を払わせて自分は何も負担しないっていうアレね。」
表現の自由は人を傷つけることもありえるというのは一面の真理ではあるが、この言もまた一面の真理である。


ゾーニングのコストは表現の自由のコストであると僕は考えている。少しでも適切なゾーニングのデザインと運営のコストを誰かが負担しなければならないし、コミックLOの表紙はそうした試みのひとつであると考えられるだろう。本来ならば雑誌協会とかペンクラブあたりをはじめとする、表現の自由を主張する中間団体がコンビニと協力してあたらなければならない問題なのだろうと思う。もちろん、表現の自由を主張し、謳歌する者ひとりひとりにつきつけられた問題でもある。当たり前だが僕の問題でもある、だからこうして書いている。

コンビニエロ本問題とは、エロが避けられずに持つ攻撃性というか非公然性の問題であり、それでも内容規制や検閲・発禁とはそぐわないよという問題であり、したがってゾーニングが要請される問題であり、コンビニのビジネスモデルは新しい公共といいえることとの問題であり、ゾーニングのコストを誰がどのように負担するかを問いかけた問題なのではないかとおもう。
ああ、あと、エロ本にはホントにお世話になってきたよなあ、という問題でもあった、少なくとも僕にとっては。


とりあえずここまでとする。
言い足りないことはいくつかあるので、気が向いたらつけたすかもしれない。

*1:ネット上の「お客様問合せ」で質問してわかったのだが、これはあくまで個人向けの回答なので公開しないことを要請されたので名は伏せる

*2:ネットが苦手な方はもちろん扱える方にとっても、エロ系アングラというのはネットでも危険地帯のひとつであり、架空請求だの過剰請求だのバナーの山だのが面倒この上なく、「やっぱり安心して楽しめるのはエロ本かレンタルエロビデオですよね」という年季の入った紳士諸君も多かろう。気持ちはよくわかる

*3:いろいろと面白いことをやっている雑誌のようであるが未読。娘を育てているとロリ系(というかロリ系コンテンツを消費する自分)に嫌悪を感じてしまって見ないようにしている。「あんどろトリオ」を眺めてチンコをたてるガキだったくせに、我ながら真面目にパパをやっているもんだと驚きだw

*4:ただし、堺市の主張もゾーニングを正面から主張したものでもないようで、そのうえ性表現が性犯罪の原因だとか寝ぼけたことを抜かしているらしいけれど