非常勤講師使い捨ての犯人

ところで、公立高校における非常勤講師の待遇はヒデエものですにゃ。

  • 受け持ち1時間につき3千円ほどしかでない
  • 時間割の都合上、1日4時間以上働けることはまれ
  • 社会保険の都合上、1週間に15時間以上働かせてくれない(一定時間以上働かせると、健康保険や年金などに加入させなくてはならない)
  • 夏休みなどの長期休み期間は無休
  • これも社会保険などの都合上、契約は1年単位で、いつ首を切られるかわからない
  • もちろん昇給なんてナシ

ちゅうわけで、学校をいくつもかけもちで大変な思いをしながら薄給にあえぎ、社会的な保証はほとんどなしという状況ですにゃ。公立校の非常勤講師の制度は、本来ならば教師生活をまっとうして退職し、それでも教壇にのぼるような場合むけに作られているわけですにゃ。
ところが、美術や音楽などの芸術科目においては、そもそも専任の講師をやとう予算がなく、非常勤講師に依存せざるをえにゃーわけだ。依存しているくせに大事にするつもりはゼロ。

  • 週にある時間数以上の授業をもてば、保険・年金に加入させる義務が学校に生ずるから時間数を抑える。
  • だから非常勤講師はかけもちでやらざるをえない。
  • ところが、同じ教育委員会の管轄区域であっても、いくらかけもちをして時間数が増えても、学校1つあたりの時間数が少なければ保険・年金にいれなくてもよいという、そもそもの制度主旨に反した扱いがされてる。
  • 非常勤講師の劣悪な労働条件について、日教組もダンマリをきめこんでいる。

ちゅうわけで、芸術系の公立校非常勤講師は使い潰しですにゃ。静岡では今年からは健康診断もナシなんだってさ。


日教組にも文句をいいたいところにゃんね。
教育労働者の労働条件を向上させることは、教育の質を担保することにつながるという論理は支持できるし、だからこそ教師の労働組合活動の意義はひときわ大きいものであるというのはいいのだけれど、そういうことをいうのなら非常勤講師の労働条件改善にもマジメに取り組めよにゃ。ダブスタは非教育的だぜ。


しかし、主犯はもちろん日教組なんかではにゃー。
}˜^¤ŠwZ‹³ˆç”ï‚Ì‘ÎGDP”äi‘Û”äŠrjを見てみれば一目瞭然。日本の公的教育支出は対GDP比で世界最低レベル。私的支出を併せてもビリグループだにゃ。
日本の教育ってのは、現場の頑張りにより少ない費用で高いパフォーマンスをたたき出してきたといっていいのでしょうにゃ。このあたりの事情は医療と同じだろ。
教育と医療については、日本の近代化においてもっとも成功した制度の例だと思うんだよにゃ。ところが、その低コスト高パフォーマンスの誇るべき制度が、社会的に叩かれまくって空中分解の危機にあるわけにゃんね。もっと医療や教育に使うカネを惜しんで、道路とかいろいろなことに使いたいんだろね。
医療や教育(少年法の運用も含む)は、もちろん完璧というにはほど遠いし、時代にあわせて変えるべきところもあるだろうけれど、基本的に非常に優れた制度だったと思いますにゃ。あえていえば、「国の宝」にゃんね。しかし、僕たち自身が制度の優秀さについて無知であることにつけこまれ、よってたかって優れた制度が潰されつつありますにゃ。これも、歴史修正主義のひとつのあらわれなのではにゃーだろうか。
うちの3歳児を保育園に送り迎えするときに、蠢動するガキどもを見ると、ときどき僕は申し訳にゃー気持ちになりますにゃ。僕らがアホすぎて、おまえらにすんごく迷惑をかけることになりそうだと。


日本ってね、こんな国じゃなかったんだにゃ*1
シンクタンク フロンティア:日本の公教育から引用するにゃ。引用はアマルティア・セン「貧困の克服」の部分要約になっているにゃんね。


明治以降、日本の急速な発展は何によってもたらされたのか。明治初期の日本の発展の主眼は実は教育におかれていた。1906〜1911年にかけて、日本全国の市町村予算の43%が教育費として与えられた。公教育の普及により、識字能力は著しく高まり、1910年代には、書籍の出版は世界一となった。人間の能力を高めることにより生活の質を向上させ、それに付随して経済及び工業を発展させてゆく。国が豊かになってから教育制度の充実をはかるという欧米諸国とは異なり、「人間の質の向上」「人的資源の向上」こそが国家繁栄の礎となるとした日本の戦略は、その後東アジアに広がり、今や世界人口の6割を占める貧困にあえいでいた人々を救い、東アジアを変容させる原動力となった。


必要な道路は造ればいいし、軍事におけるリアリズムも否定しにゃーけどさ。それでもこう、もうちょっとなんとかならにゃーもんだろか?
多くの人が、事実よりも気分を大事にしているうちはどうにもならにゃーだろうけど。

*1:保守派だの右翼だのと自認する諸君は、日本の近代化戦略における真の偉大さというものに目をむけていただきたいものだと切に希望いたしますにゃ