チンパンジーの子殺しとカニバリズム(1

ハヌマンラングールの事例で知られることとなった子殺しにゃんが、実はチンパンジーもやっていますにゃ。立花隆「サル学の現在」(「現在」といっても出版は1991年、文庫版も絶版)でこのあたりの事情を読んだ時にはちょいたまげましたにゃ。

この本は、サル学の第一線研究者に立花がインタビューしてまとめていくという形で、平凡社の「アニマ」に連載されたものを書籍化した700頁あまりの大著ですにゃ。この本で、ハヌマンラングール、チンパンジー、ゴリラの子殺しについての研究に触れられておりますにゃ。ここから、鈴木晃氏が研究者として最初にチンプの子殺しを目撃した様子をインタビューで語っているところを、抜き書きしつつ引用しますにゃ。


「その日、いつになく激しいチンパンジーの鳴き声が聞こえるので行ってみると、ロポカ(集団の1位♂、引用者注)が赤ん坊のチンパンジーを一頭逆さ吊りにわしづかみしていたんです。その赤ん坊は右足がなくて、そこから血が流れている。頭からも血が流れている。そして、ヘソの緒が四、五センチたれ下がっている」


−−−−じゃあ、生まれたばかりの赤ん坊。


「そういうことです」


−−−−どのくらいの大きさですか。


「かなり小さいですよ。人間の両手にすっぽり入るくらいですね」


−−−−それをロポカが食べてたわけですか。


「そうなんです。その右足がなくなっているところに、何度も口を持っていっては、もぐもぐやっている。ときどき、その赤ん坊を目の前に持ってきて眺めたり、ヘソの緒を指で引っぱったりしながら、もぐもぐをくり返す。そして、合い間を見ては、その辺の木の葉をつかんでムシャムシャ食べる」


−−−−それは何ですか。つけ合わせのサラダみたいなものなのかしら。


「そういうものなのだと思いますね。肉食のときは必ず木の葉をいっしょに食べます」


−−−−赤ん坊はもう死んでるんでしょう。


「いえ、それがまだ生きてるんですね。それでかすかな声で鳴き続けてるんです。何か変な音がさっきから聞こえるけど、何なんだろうと思っていたら、それが赤ん坊の声だったわけです。さすがにそれがわかったときにはゾッとしましたね」P383

で、この後にチンプの子殺しが続々と観察されることになりますにゃ。

さて、この子殺しなんだけど、例えばハヌマンラングールの子殺しにおいては社会生物学的な繁殖戦略での説明が可能ですにゃ。ハヌマンラングールにおいては、群れのリーダー♂が交代したときに子殺しを行い、群れの♀を発情させて交尾し、自分の子孫を残すことができるということにゃんね。で、この理屈でチンプの子殺しを説明できるかというと、それがちょっとあてはまらにゃーようだ。チンプは乱婚なんだよにゃ。ガキの父親が誰かってことははっきりしてにゃー。

マハレという場所で子殺しの一部始終が高畑由起夫氏により観察された事例があるので、それを箇条書きでご紹介しますにゃ。絶版の本なので、ちょっと詳しくやる。以下、393P〜

  • ワンテンデレという赤ん坊を生んだばかりの♀が攻撃されていた。

観察により、この♀が生んだ赤ん坊は、グループ内の♂の子供に間違いない。

  • ワンテンデレを攻撃していた♂は、グループ内で順位の高い♂(つまり、赤ん坊の父親である可能性が高い♂)たちであった。
  • ワンテンデレを攻撃していた♂三頭は、力を合わせてワンテンデレの体を持ち上げ、必死でかばっていた赤ん坊を奪い取る。


以下、高畑氏論文より
「13時59分30秒 赤ん坊はントロギ(第1位♂、赤ん坊の父親である可能性がある。引用者注)にくわえられた状態のまま死亡する。」
 14時07分05秒 マスディ(ワンテンデレの子供、つまり殺された赤ん坊の兄で当時6歳。別のグループの♂の子供)が"ワーオ、ワーオ"と声をあげて鳴く。マスディは全く傷ついていない。攻撃をあまり受けなかったものと推測される」
 14時11分12秒 ントロギ、赤ん坊の死体を食べ始める。カギミミ(第3位♂、引用者注)が近づいてきて<パントフード(物ごい行動、引用者注)>をするが、ントロギはそっぽを向く」
 14時12分34秒 ントロギは赤ん坊の左手首を食べ終わり、次に顔を食べ始める。食べるときはほとんどいつも、サバ・フロリダという植物の枯れ葉をいっしょに食べる。
 14時14分54秒 ワナグマ(年老いた♀でントロギの母親と推定されている)がそばにやってくる。しかし、ントロギはワナグマにもカギミミにも肉を一片も与えずに食べ続ける。
 14時25分00秒 ントロギは食べるのをやめ、ワカパラ(オトナ♀)と交尾する(ワカパラは肉が欲しくて交尾を誘ったようだ。目的は達成できなかったようだが。引用者注)。
 14時27分19秒 マスディがントロギに近づき、自分の弟が食べられているところを数分間じっと凝視する。
 14時28分42秒 カギミミが小さな肉片をもらって食べる。ルカジャ(第9位の♂)が地面に落ちていた肉を拾って食べる。
 14時31分40秒 ントロギ、赤ん坊の頭蓋骨を割って脳味噌を食べる。
 14時34分45秒 ルカジャが再び地面に落ちていた肉を拾って食べる。プリン(若♀)が同じことをする。グエクロ(オトナ♀)も同じことをする。
以下略

必死で赤ん坊を守る母親から、有力な♂が協力して赤ん坊を奪い取り、殺して食うわけだにゃ。主に第1位♂が食い、多くのものがそのご相伴にあずかろうとする、と。
「顔を食べる」なんてのはすごい場面だろにゃ。しかも、実の子かもしれにゃーわけだ。弟が食われているところを凝視する、なんてのもすさまじい場面だにゃ。

高畑氏によると、いったん殺してしまうと、「単なる肉という意識しかないんじゃないでしょうか」、ちゅうことで、それが赤ん坊の死体であるということを除けば、普通の肉食と違わないということなんだけど*1群れ全体の興奮の度合いが通常の肉食より激しいようにゃんな。
また、子殺しの場合は通常の肉食より、物ごい・分配行動が少ないとも指摘していますにゃ。*2

この例なんかでは、社会生物学的な繁殖戦略という説明はあてはまりにくいように思われますにゃ。チンプの子殺しというのは、いったいなぜ行われるのでしょうにゃ。
つづく(数日留守にしますにゃー)

*1:チンプの群れで肉食が起きるのは、そもそも集団内に興奮状態が高まっているときであり、肉食で興奮するのではなく、興奮しているときに肉食がおこるように思われると鈴木氏は指摘している

*2:鈴木氏の次に子殺しを観察したバイゴットという研究者は、「チンパンジーの子どもの死体は、食物としてより好奇心の対象として扱われた印象である」とも書いている