チンパンジーの子殺しとカニバリズム(2

前回のエントリのつづき
なんでチンプはガキを殺して食うのか? ってことなんだけど、子殺しとカニバリズムは、こういう状況になったら起きるということはまだわからず、その状況はさまざまのようですにゃ。子殺しされそうになったら、他の♂が助けた例もあるようですしにゃ。
ただ、いずれの事例においても

  • 赤ん坊が奪い取られると、母親への攻撃は止む。
  • 一定年齢以上の子どもは、子殺しとカニバリズムの対象にならない。

という共通項はあるらしい。

原因については、わからないながらもいくつか説があるので、それをご紹介。

  • 肉食習慣説

グドールという研究者によると、そもそも肉食獣においてカニバリズム*1は珍しいことではなく、肉食を憶えたチンプにカニバリズムが発生するのは驚くべきことではないかもしれないとのことですにゃ。しかし、肉食の習慣から説明しようとしても、他の霊長類のカニバリズムは説明できにゃーわけだ。例えばゴリラは完全な植物食なんだけど、子殺しとカニバリズムが観察されているそうですにゃ。他にも、植物食のアカオザルにカニバリズムが観察されているとのこと。
ちゅうわけで、この肉食習慣説はチンプの事例においても部分的な説明でしかにゃーでしょう。

  • ニンゲンが介入してきた故の異常行動説

そういう指摘もあるらしいですにゃ。これ、反証がムツカチイですにゃ。
ただ、チンプと観察者の関係において、そばに行けばすぐに観察できるものと、関係が親密にならなければ観察できにゃーものがあるとのこと。肉食なんかはなかなか観察できにゃーものの典型だそうですにゃ。したがって、子殺しもニンゲンが介入すると発生しにくいものだとの推理は合理的だと思われますにゃ。つまり、自然状態においては発生頻度はもっと高いと。

  • ポピュレーション密度説

グドールが指摘している説で、群れが分裂するなどして、群れの安定性がこわれたときに起きるのではないかという説。
チンプのグループは父系制で、♀がグループを移動するのだけれど、通常はグループ間を移動するのは未出産の若い♀だにゃ。しかし、他のグループが崩壊したりすると、経産の子連れ♀が移籍することがあり、こうした♀の子どもが攻撃されるのではにゃーかという説。実際にこういう事例は数例観察されているようですにゃ。
これは社会生物学的な繁殖戦略説*2にも一致しますにゃ。
ただし、先日のエントリで紹介した例は、確実に自グループの♂の子どもを殺して食ってしまった例であり、こういう事例を繁殖戦略説で説明しようとすると、「思い違い」とか「誤作動」とかいう素人目からしてもちと苦しい説明になっちまうのではにゃーかと。

  • それでも繁殖戦略で説明できる?

子殺しとカニバリズムを行うのは♂ですにゃ*3。で、もし殺されている赤ん坊が♂ばかりであるのなら、繁殖戦略という考えが通用するのではにゃーかと。オトナ♂にとって、♀というのは資源なのですにゃ。これは人類学の知見とも一致する考え方にゃんね。つまり、繁殖上の資源として有用な♀の赤ん坊は殺さずに、自分のライバルにもなりえる♂は殺す。
実際に、殺された赤ん坊は、確認されている限りではかなり♂が多いそうですにゃ。(観察例15例のうち、♂10例、♀3例、不明2例)それに、子殺しによって♀が発情するから一挙両得だと。
でもさ
ちゃんとシミュレートしてみにゃーと何ともいえにゃーけど、これはちょっと効率が悪くにゃーだろうか? 利己的遺伝子の観点から見て、オトナ♂にとって♀が資源であることはいいとして、自分のガキは性別に関係なく重要な資源であるはずだにゃ。自分たちのグループの血筋を潰している例が相当数観察されていることは、やはり繁殖戦略説だけで説明することを難しくしているのではにゃーだろうか?
あと、殺す前にいちいち性別を確認しているんだろか?


また、繁殖戦略説では子殺しはまだ説明できても、カニバリズムを説明する能力はにゃーと思う。
最初に子殺しの観察があったハヌマンラングールにおいては、繁殖戦略で子殺しをきれいに説明することができますにゃ。第1位♂がハーレムをつくり、そこで生まれた子どもは全てその♂の子どもであるのだから、その♂が群れを追われ、新しい♂が第1位になった場合、いる子どもを全て殺して♀を発情させ、自分の子どもを生ませるというのは、利己的遺伝子の観点からすれば合理的行動ですにゃ。
しかし、ハヌマンラングールは子殺しをしてもカニバリズムは行わにゃーんだ。


以下、高畑氏へのインタビューより引用P405


−−−−グドールは、すべてのメスが一生に一度は子殺しにあっているのではないか、と思えるくらいだといってますね。


「このケースでも、赤ん坊を殺して食べる場面を、取りまいて見ているメスのチンパンジーのうち、二頭は、前に自分の赤ん坊を殺されて食われた経験があるメスでした。」


−−−−彼女たちは、特別の感慨を持ってその場面を見ているんですか。


「いやあ、そんなものは感じられませんでしたね。別のケースでは、前に自分の子どもを殺されて食べられた経験のあるメスが、肉をもらって食べる側にまわっていたということがあります。」


−−−−すると、食べる段になると、それはもう完全にただの肉としての意味しかもたないようになるんですかね。


「そういう感じをうけますね。」


−−−−なぜ赤ん坊を殺すのかについては、他のサルの場合も含めて、繁殖戦略説とか、異常行動説、攻撃性の異常発露説、密度調整説など、いろんな仮説が提出されていますが、なぜ殺した赤ん坊を食べるのかについては、あまりこれといった説明がないですね。殺したあとはただの肉となってしまう、という以外ないんですか。


「今のところは、それしかいえないような気がしますね。」


−−−−人間が動物の肉を食べる場合のように、原形が失われた形で、調理までしてしまうのならただの肉としか感じない、というのもわかるんですが、チンパンジーの場合は、生きたまま悲鳴をあげているのに食べたり、姿のままの顔や頭に直接噛みついて食べたりするわけでしょう。どうしたって、同種のチンパンジーの赤ん坊を食べてる、という意識を捨てきれないような気がするんですが。


「うーん。その辺はチンパンジーに聞いてみないとわからないですよね。こういう研究をやっていて、やっぱり本当に知りたいのは、子殺しに限らず、彼らの心の中が本当のところどうなっているかということなんですね。いろんな行動をする中で、彼らは言語表現はできないけれど、いろんなことを感じたり、考えたり、記憶したりしているわけでしょう。そこが知りたいけどわからない。そのもどかしさをいつも感じますね。」

ちゅうわけで、チンプの心はわからにゃーので、カニバリズムの謎はわからにゃーとのことですにゃ。現役の研究者としてはそういう堅いところで話をするってのが良心なんでしょうにゃ。
ところが、もっと偉くなってしまうといろいろ好きなことがいえるわけですにゃ。
日本のサル学を築き上げた大御所の1人である伊谷純一郎氏が、チンプの子殺しについて面白いことを言っているので、次にそれをご紹介しますにゃ。

*1:生物学では同種食いのこと

*2:生物は自分の遺伝子を少しでも多く遺そうとすることを基本とするのだという説。利己的な遺伝子のお話ですにゃ

*3:♀が行う事例も全く観察されていないわけではないが、きわめて例外的と考えられている