100%のガン探知とプレコックス感とにおいの科学

文化人類学エドワード・ホールに「かくれた次元」という名著がありますにゃ。文化によって異なった空間認知をしているという文化相対主義的視点からの著作ですにゃ。動物がどのような空間知覚をしているかという前半の話から*1、各文化圏における空間認識の違いという後半の話まで、小ネタぎっしりでいろいろと楽しめる本であると思うし、その主張は現代においてはすでに常識的といっていいかもしれにゃー。
また、自然科学的知見にも十分に配慮した記述になっていますにゃ。文化人類学とか文化相対主義を胡散臭えと思っている自然科学好きにはオススメ。まあ、発表が1966年であり、当時はローレンツティンバーゲンの動物行動学が主流の時代であり、その辺は古くさいことを承知のうえで読んで欲しいところですけどにゃ。

かくれた次元

かくれた次元


Bob Marley は" You can't run away from yourself " と歌ったけれど、この著作の結論部でホールは「文化をぬぎすてることはできない」と実にまっとうな主張をするわけですにゃ。


民族の危機、都市の危機、そして教育の危機はすべて互いに関連しあっている。包括的に見るならば、この三つはさらに大きな危機の異なる局面と見ることができる。その大きな危機とは、人間が文化の次元という新しい次元を発達させたことの自然的な産物である。文化の次元はその大部分がかくれていて眼に見えない。問題は、人間がいつまで彼自身の次元に意識的に眼をつぶっていられるかである。
P260


と、進化心理学的にみても妥当なことをいっているのではにゃーかと。この書籍についてはまた取り上げることもあるだろうから、かるく紹介しておきましたにゃ。ここで取り上げたいのは、以下の記述


化学的メッセージには多くの種類がある。あるものは時間をこえて作用し、先に行った個体に何かがおこったことをあとからくる個体に警告する。


中略


私はひじょうに多くの成功例をもつすぐれた臨床家である精神分析医と嗅覚的メッセージについて論じたとき、この臨床医が六フィートあるいはそれ以上遠くから患者の怒りのにおいを明瞭に識別できることを知った。精神分裂症患者を扱っている人は、この病気の患者が特有のにおいをもっていると昔からいっている。このような博物学的観察は一連の実験を生んだのであるが、その中でも、セント・ルイスの精神科医であるキャスリーン・スミス博士は、ネズミが容易に分裂症患者と非分裂症患者のにおいをかぎわけることを示した。化学的メッセージ・システムの強力な効果を考えてみれば、怖れとか、怒りとか、分裂症的な恐怖とかが、近くにいる人の内分泌系に直接に作用するのではないかともみられよう。案外そのようなことが実際におこっているかもしれない。
P73 第4章 空間の知覚-----遠距離受容器 目、耳、鼻 より


精神分裂症(統合失調症)における「特有のにおい」などといわれると、プレコックス感が連想されますにゃ。


私が研修医時代に教わった精神医学用語のうち、いちばん釈然としなかったのがこの言葉である。
 「プレコックス感」とは、1941年ごろにオランダのリュムケという精神科医が言い出した言葉であり、簡単に言えば分裂病の患者と面と向かったときに感じるなんとなくいやーな感じのこと。なぜそんなものに「プレコックス感」などという大仰な名前がついているのか、私にはさっぱりわからなかった。しかも、それが分裂病の診断に有用だときいて私はのけぞった。
 「なんとなくいやーな感じ」で分裂病を診断していいんかい、おい。


 二種類の精神医学事典で「プレコックス感」を引いてみたが、載っている説明はおそろしく歯切れが悪い。「分裂病者に相対したとき観察者のうちに起こる一種言いようのない特有な感情」(弘文堂)、「〈その感じ〉は言葉ではなんとも表現しがたく、表情のかたさ、冷たさ、態度のぎごちなさ、感情疎通性のなさ、奇妙な唐突さなどとともに〈分裂病らしさ〉として分裂病者の人格全般から直観的に把握される総合的な感じ」(講談社)だそうだが、両方とも「一種言いようのない」「言葉ではなんとも表現しがたく」とはなから定義をあきらめているし、〈分裂病らしさ〉なんてのはトートロジーもいいところ。そういや「プレコックス感」という言葉自体、もともとは「分裂病的な感じ」という意味だったっけ。
 なんでも言語化不可能な微妙な「感じ」らしいのだが、そんなもので診断されてはたまらないと思うのは私だけではあるまい。


http://homepage3.nifty.com/kazano/precox.html


ここに続く引用で、「サイコドクターあばれ旅」氏は「私は今まで百人を超える分裂病患者を診てきたが、「プレコックス感」がどんな感情なのか、いまだによくわからない。」と言っていますにゃ。でももしかして、このプレコックス感って患者の臭いなんじゃにゃーのか?


病気と臭いというと、「ガン探知犬」というのがいるのをみにゃさまはご存知ですかにゃ?


■ガン探知犬・ 訓練 〜科学的測定・研究(OJPC福祉犬育成協会白浜育成センター)


 まず、部屋の中に並べられた四つの箱それぞれに人の息が入った医療用採取パックを入れます。この中に一つだけガン患者のものがあります。残りは健康な人の息です。
この訓練ではまず、ガン患者の息を医療用採取パックから注射器で採取し、マリーンにかがせた後、トレーナーの指示で一つ一つ順番に、においをかいでいきます。マリーンはガン患者の息がはいった箱のにおいをかぎわけて、箱の前に座ります。
 同センターには都内の医療機関から届けられた5種類の呼気があります。前立腺、食道のほか胃ガン、肺ガンがあり、患者の年齢も30〜80代、症例も初期から末期までとさまざまです。組み合わせは何通りにもなるが、当センターにおける訓練・能力開発の結果、どれを試してもマリーンはほぼ100%の的中率でガン患者の呼気をかぎ分けます。


http://www.ojpc.net/web-content/ojpc%20dog/top/gantanchi.html


患者の年齢・ガンの部位・進行度を問わずほぼ100%でガン患者の呼気を嗅ぎ分けるですとおおおおお?
・・・しかも再現性のあるもののようですにゃー。



犬の嗅覚の化学センサーとしての性能には折り紙付きだよにゃ。呼気中に特定の揮発物質分子がいくつか存在する程度でも感知しうるのではにゃーだろうか。で、ガン患者の呼気に特有の揮発物質が含まれるということはありえるわけで、もしもそのような物質を特定できたらガン検診において画期的であることは間違いのにゃーところ。


ちゅうかさ、この「臭いで検知」という方法論の射程はガン検診にとどまるようなものではにゃーよな。
いろんな疾患に応用が可能ですにゃ。


エドワード・ホールは、精神分裂症患者の「独特の臭い」を「分裂症的な恐怖」の臭いと考えたようにゃんが、分裂症(統合失調症)には脳の器質的な疾患だとか神経伝達物質の過剰だとかいう話もあるわけで、呼気なり汗に特有の揮発物質が含まれるってのもカンタンに否定できるようものでもにゃーと思う。
リンク先によると、犬の嗅覚をもってしても訓練をしてものになったのは3匹だけであり、その内ほぼ100%はこのマリーンだけということらしいにゃ。精神科医プレコックス感についても、もし臭いだったら感知する人としにゃー人がいてもおかしくにゃーし、「一種言いようのない」「言葉ではなんとも表現しがたく」という表現になってしまうというのもありえるかもしれにゃー。
まあ、僕の思いつき以上のものではにゃーけどね。



まあ、ガンにしても分裂病にしても、もし特有の臭いがあるとして(その可能性はそこそこ高いのでは?)、それが単一の揮発物質だったら話は楽なんだけどにゃ。複数の揮発物質の特定の組み合わせだとすると厄介ですよにゃー。


感覚与件に訴える具体の科学を検証するのが現代の科学のするべきことのひとつだとレヴィ=ストロースもいっているけれど、犬の嗅覚センサーの精巧さと判断力にまでは現代の科学技術も追いつくのはカンタンではにゃーだろうね。
加齢臭はそのネーミングで一山あてたようだけど、臭いの科学の本当の出番はこれからなのかも。医療関連のほかにも金脈が転がっているかもしれにゃー。




それはそうと、ニオイというと「バオー来訪者」にゃんねえ。
「バルバルバルバルバル」「こいつのニオイを止めてやるッ!」
「これがバオー・リスキニハーデン・セイバー・フェノメノンだ!」
「どっげええええええ! マーチン」

*1:特に前半部については、ユクスキュルの「生物から見た世界」と併せて読むとすんごくオモチロイ