死の神がはいって来て死ね死ねと叫ぶ
- 作者: 河合隼雄
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1987/12/10
- メディア: 文庫
- 購入: 5人 クリック: 32回
- この商品を含むブログ (39件) を見る
河合隼雄「影の現象学」講談社学術文庫版 P41〜43 で紹介されている「作品」
「Schizophreniaと診断された少女」のつくったもの
窓ガラスがわれている
そのわれがするどくとがっている
人が人を殺すごとき
そんな形にわれている
二つの影が(四文字不明)ている
一つの影は刃物を持っている
相手の影もせまっている
じっとみていると
今にもぬけだしてきそうだ
だんだん大きくなってくる
黒い影はとびだしてくるくらい大きくなった
ガラスが机の上におちている
それを拾ってにぎった
先がとがっている
不気味に光っている
殺せ
その先でのどをつけ
殺せ
戸のすきまから死の神がはいって来て
死ね死ねと叫ぶ
殺せ
いちおう言っておくけれど、この事件が精神病によるものだとか主張するつもりはさらさらにゃーし、精神病者の犯罪率はむしろ低いくらいだということも承知しておりますにゃ。
Schizophrenia(統合失調症)になると、いわゆる「健常者」と異質な思考をするようにはなるだろうけれど、だからといってまるで理解不能なわけではにゃー。あらゆる線引き問題と同様に、精神病者と「健常者」に明確な一線が引けるわけではなく、統合失調症患者の表現は僕たち「健常者」のある種の気分を非常に先鋭的に表すことはよくあることなのですにゃ。いわゆる、アウトサイダーアートって僕は大好きだし、偉大なアーティストはそれぞれ程度の差こそあってもみんな逝かれていたという話もあるしにゃ。
僕はこの詩がとても好きですにゃ。
自分の内にあるものと外にあるものが分裂し合流し循環しながら大きくなって、内と外とその循環を同時に破壊せよと、「自分=死の神=影」が叫ぶ。F尺度判定において「破壊性とシニシズム」が突出して高かった僕としては、こういうの、なんかわかっちゃうのですにゃ。
で、これってさ、因果の鎖にからめ捕ることができるようなものでもにゃーと思うんだけど。
こうした事件を、それがどのような因果関係であれ、僕たちがわかって安心したいがための因果に放り込むのは、「全面的な因果性をその公準とする(by レヴィ=ストロース)」呪術思考に陥ることになっちまうんでにゃーのだろうか。
無論、なんとかすべき背景というものはあるんだけどにゃ。