チンパンジーの子殺しとカニバリズム(3

チンパンジーの社会は典型的な父系社会ですにゃ。ニホンザル社会では群れ落ちして移動するのはオスだけれど、チンプの社会では移動するのはメスであり、オスは一生自分の生まれた群れを離れにゃーのが基本なのですにゃ。
以下、箇条書きでチンパンジー社会の特色についてまとめますにゃ。

  • 群れ内におけるチンプの♂同士の関係は、連帯に基づく結社的集団である。
  • 複雄複雌の集団で父系社会というのは、チンパンジーボノボしかない。
  • ♂同士のアライアンスallianceは相互の努力によって保たれている。その裏にあるのは激しい拮抗関係である。
  • 拮抗関係をおさえてアライアンスを保つために、挨拶行動、食物の分配行動などが発達した。
  • ♀をめぐっていがみあうことを、乱婚的共有によって解消した。

つまりさー、チンプの社会って典型的な「男社会」なんですにゃ。日本でも会社は一般的に男社会だよにゃ。♂同士で仲良くしていつでもいっしょで、その実すんごくその内部での地位とかに一喜一憂するという男社会。体育会系によく見られる心性であり、内部では微妙な力関係の拮抗の上に成り立つが、外部に対しては一致団結するという男社会。麗しき哉、男社会。
ただ
チンプの「男社会」がヒトのそれと異なっているところは、♀の乱婚的共有をベースにしていることですにゃ。ヒトの場合は一夫一婦制を採用することによって♀をめぐる闘争を(少なくとも表面上は)回避したわけにゃんが、チンプの場合は♀の乱婚的共有で♀をめぐる闘争を緩和したわけですにゃ。(ただし、ヒトの場合、多くの社会で売買春がシステム化されているわけで、これは乱婚的共有なのではにゃーかという気がする。)
しかし
♀を乱婚的共有して♂同士の緊張を緩和するというのであれば、群れにおいて♂一匹に対する♀の数が少ないとちょっとまずいことになるにゃ。♂一匹に対し、♀がたくさんいて、気が向けばセックスやり放題という状況があれば、♂同士は仲良くできる。♂一匹に対する♀の数が少ないと、♀の奪い合いがおこり、乱婚的共有による緊張緩和という戦略はうまくいかにゃーわけだ。
下世話な話に翻訳すると
売春宿に5人の男がいっしょにでかけたとして、目的地の売春宿におねーちゃんが2〜3人しかいなければケンカになるだろにゃ。ねーちゃんが5人だとしても、好みでないねーちゃんを選ばざるをえにゃー男もいて、その集団には緊張が発生するだろにゃ。ねーちゃんが10人以上いて、各々がそれなりに好みのねーちゃんをゲットできれば、男5人は仲良しでいられる。


乱婚的共有によって♂同士のアライアンスを維持するためには、性比が♂1に対して1では困るわけだにゃ。しかし、チンプの出生性比は1:1。
そこで選択的男児殺しの出番だと伊谷は言うわけにゃんね。実際に、オトナのチンプの性比は、♂1に対し、♀は2〜3。出生性比が1:1なのに、オトナの性比がこれだけ偏るということは選択的な男児殺しが主要因だとしか考えられにゃーわけだ。生まれた男児の半分から3分の2が殺されるのでなければこの比率にはならにゃー。にゃるほど、研究者のグドールが、全ての母親が一生のうちに子殺しをされた経験をするのではないかと言うだけのことはあるよにゃ。
あえて徹底的に擬人化していえば、チンプの♂にとっての群れは、仲良しのオトナ♂が協同で自分達専用の売春宿を運営しているようなものなわけだにゃ。そこで♂同士が仲良くやるためには、♂の数が多くてはならにゃー。だから男児を殺す。


ではカニバリズムはなぜなのか? 繁殖戦略説だって、子殺しはある程度説明できたけど、カニバリズムには無力でしたよにゃ。
ここに、前回エントリのアイデンティフィケーション理論が適用されると伊谷氏は言うのだにゃ。P677より


チンパンジーのオスたちは、みんなその幼児期に、自分と同年齢のオスの子どもが、殺されて食べられるのを見て育ったはずです。子殺し、カニバリズムは、見えないところで秘密裏に行われるのではなく、みんな見ているところで行われる。そのとき、集団全体は異様に興奮し、また時に、異様な沈黙が支配したりする。これは、子ども心に一生忘れられない体験に違いないと思うんですね。それも一例だけではない。大きくなるまでに、何度も体験する。
 性比が一対二になるということは、生まれたオスの子どもの半分は殺されてしまうということだし、一対三になるということは、三分の二は殺されてしまうということです。そして生き残った者だけが、アライアンスのメンバーになることができる。こういう環境で育った子どもは、自分が一刻も早くアライアンスのメンバーになることを、ずっと願って育ってくるわけです。それがまさにアイデンティフィケーションなわけです。
 そして、現実に自分たちがおとなになり、アライアンスのメンバーとして受け入れられたとき、今度は彼らは子どもを殺して食べる側にまわり、先輩たちがやったと同じことをずっとくり返していくわけです。今西さんが考えていたような、アイデンティフィケーションによるカルチャーの伝承が、ここには見事に起きてるんじゃないかということです。」


にゃるほど。
チンプのカニバリズムは、地域によって見られる地域と見られない地域があるとのことなので、これは群れにおけるカルチャーといっていいのかもしれにゃー。これが、運良く生き残った男児によって伝承されていくのだと。
僕はここのところを読んで、体育会系のシゴキを連想したにゃんね。先輩が新入生を理不尽にシゴキ抜き、それに耐えた者だけが集団への参入を許され、そして自分たちは理不尽なシゴキをする側にまわり、カルチャーが保持されるというやつね。
もちろん、チンプの場合は体育会系のシゴキのような生ぬるいものではにゃー。
生きているまま食う。
顔にかじりつく。
食われている弟をじっと見る。
チンプのような知能の高い生き物が、こうした光景を忘れられるはずもにゃーのだと僕も思う。これって、人類社会に広くみられる、通過儀礼(イニシエーション)の最も原初的な形態なのではにゃーかとも思ったりしますにゃ。
あとちょっとだけ続きますにゃ。