世界の不完全は神秘主義の根っこ


洪水の後であった。計算高く腹黒い神が、息子にどのようにして世界を建て直すかを教えた。

「息子よ、次のようにするのだ。生まれようとする不完全な大地の基礎を置く‥‥。大地の基礎として適当な鉤を置くのだ‥‥。不完全な大地の増殖をひきおこすのは、小さな野豚である‥‥。大地がわれわれの希望する大きさになった時、息子よ、わたしはおまえにそのことを告げ知らせよう‥‥。わたし、トゥパンTupanは、大地の支えを見張る者である‥‥。」

雷と雨と風の主であるトゥパンは退屈していた。ゲームをするにも孤りぽっちで、遊び相手を必要としていた。しかし、誰でも、どこでもよいというわけではなかった。神々は相手を選り好みする。トゥパン自身は、新たな大地が、不完全な邪悪な大地でありながら、そこに住む定めとなる卑小な存在を迎え入れるものとなることを欲した。
「大地に送るわれわれの子、われわれ自身の断片は幸せになろう。われわれは、彼らを欺かねばならない」
いたずら者、神聖なるトゥパンは、まさにいたずら者であった。

語るのは誰か。彼は「最後の人間」と名のるグアラニ・インディアンのカライKaraiである。神々の言葉を聞きとることに長け、真実を告げることを努めとするカライ。彼はトゥパンに霊感を与えられた。彼の口は霊性を帯び、彼自身神となって未完成の大地イウイ・ムバエメグアywy mba`emeguaの生成を語った。グアラニ族の幸福のために下心をもって委ねられた大地。
神の語り(ディスクール)に続いて、その意味の探求が試みられ、死すべき人間としての思考が、人を欺く真理を言葉に表そうと努める。霊的存在は、思考をめぐらすことはない。一方「最後の人間」達は屈服することはない。そして、カライの霊感をうけた唇が不幸の謎を解きあかす。
「ものごとは、その総体において一である。そのようなことを欲しなかったわれわれにとって、それは悪である」

以上
ピエール・クラストル「国家に抗する社会」第九章「多なき一をめぐって」冒頭部を要約

国家に抗する社会―政治人類学研究 (叢書 言語の政治)

国家に抗する社会―政治人類学研究 (叢書 言語の政治)


ここでグアラニのカライ(予言者)が語る「ものごとは、その総体において1である」という言明は、アドルノの同一性批判「全体は非真である」とは違うもののようですにゃ。アドルノの同一性批判は、ぶっちゃけファシズム批判にゃんが、グアラニなどの南米インディオにとってはファシズムどころか国家すらなかったわけで、そもそも「全体」などという概念は彼らにはなかっただろうとクラストルはいっていますにゃ。

では、世界の不完全、人間の不幸の根源を意味する「一」とはいったいなんのことなのか? 「滅びうるすべてのものが一である。「一」の存在様式とは、過渡の移ろいゆく束の間のものである。消滅するためにのみ生誕し生長するものが「一」と呼ばれる」(P214)
これは、いわゆる排中律「A≠(¬A)」のことのようですにゃ。すなわち「A=A、これはこれであり、人は人であるということは、Aは非Aでないこと、これはあれでないこと、人間は神でないこと」。にゃるほど、ニンゲンがニンゲン以外のものでにゃーのだとしたら、僕たちは何の意味もなく死ぬために生まれてきたものでしかにゃー。AがAでしかなければ、それはただ滅びるためにのみ存在する。
僕がもし、大地であり海であり森であるのなら、偉大なる霊的存在の一部であれば、輪廻などというものがあるのなら、僕が死ぬことはにゃーだろう。しかし、僕が僕でしかにゃーのであれば、すなわち僕は死すべき不完全な存在でしかにゃーわけだ。
「思い知ることの悲劇。というのも、われわれがそれを欲したわけではないからである」(P215)。

この神話が語る思想は、その辺にごろごろしている神秘主義的思想を装った思考停止の劣化コピーの生ぬるさをぶっちぎって冷徹だにゃ。馬鹿スピだのオンリーワンだのといった甘ったれたタワゴトに対して極北に位置しているにゃ。僕(たち)が僕(たち)でしかないという事実が、いったいどれほどおそろしいことなのかが、腹黒く計算高い神の詐術があばかれているのですにゃ。

また、多くの神秘主義思想においては排中律が成り立たにゃーのだけど、ちゅうか排中律(形式論理)の排撃が神秘主義思想の目的だという感想すらもっているんだけど、そうした神秘主義のモチーフがどこにあるかも見事に示した神話なのではにゃーだろうか。

また
「この人間のあり様が不正なものであれ、人間には罪はない。不完全なあり方で生存することを、人間は自が罪と認める必要はないのだ」(P212)というポジティブなところもイイ!

追記 一年後の2月12日 12:15ごろ

id:Brittyが怖いので、文中の
「その辺にごろごろしている神秘主義的思想」
という表現を
「その辺にごろごろしている神秘主義を装った思考停止の劣化コピー
という表現に適正化いたしましたにゃー。おかげで論旨がよりクリア。