科学はかならず被害者の力になる


応答をしなければならにゃーのだが*1、応答内容と深く関連することなのでこちらをまずあげておきますにゃ。


さて、上記にリンクした2つの記事のあいだには、一読して矛盾がありますにゃ。


PTSD心的外傷後ストレス障害)は過去の心的外傷が原因で発症しますから、

現在進行形の事態に対してPTSDを持ち出すことはそもそもおかしな話です。

また、あたかも「放射能を心配しすぎて」PTSDになるかのような説明は

間違っています。「心配しすぎて」PTSDになったりすることはありません。

PTSDはレイプ、虐待、戦争体験、交通事故などなど、生命が危険にさらされる

現実の出来事の後に生じる疾患です。

今、原発被害に関してPTSDを論じるのであれば、PTSDの予防ですから、

「安全な場所に避難すること」と「事実を伝えること」が必要です。


http://d.hatena.ne.jp/eisberg/20110515


と、現在進行形の事態に対してPTSDはありえないこと、放射線被曝を心配してPTSDになるのはありえないこと、PTSDは生命が危険に晒される現実の出来事のあとに生じること、総じて原発事故とPTSDとの関連を否定的に捉えている記事ですにゃ。


ところが


 母はJCOの敷地から約80メートル、事故現場の転換試験塔から約130メートルの地点にあった父の工場で被ばくし、その推定被ばく線量は約40ミリシーベルトであった。


 事故当日(9月30日)の深夜3時ごろ、母は激しい下痢に襲われた。翌日には多数の口内炎が現れた。数日して父の工場は再開されたが、元来仕事好きで、工場の主戦力であった母は寝たり起きたりの状態になり、仕事に行こうとしなくなっていた。今から思えばPTSD患者に典型的な事故現場からの回避症状なのだが、当時はそのような知識も十分持っていなかった。外から見ていると、母はひどい倦怠感に襲われているようで、体を動かすのがいかにもおっくうそうだった。たいていは、パジャマ姿のまま居間で横になっている。


中略


十月の末頃から、母は胃の痛みを訴えるようになった。医者に行ってみると、胃潰瘍が3箇所で活性化し、体重も6キロ落ちていた。原子力事故を身近に経験したストレスが母を蝕んでいたのである。だが、原因がわかれば治療すればいいだけである。約2週間入院し、退院時に撮った胃カメラでは、潰瘍はほぼ消失していた。ところが、退院後も、母の様子は入院前と変わらなかった。一日中、パジャマ姿のまま、寝たり起きたりの生活である。そののろのろとした動きが、うつ病になってしまった昔の友人によく似ていたため、精神科への受診を勧めると「うつ状態」と診断され、入眠剤抗うつ剤を処方された。


この状態で約2年半が経過したが、この間一度自殺企投を起こすなど、症状は一向に改善されなかった。そこで東京の専門医を受診したところ「JCO事故によるPTSD」と診断され、通院している病院や主治医もこの診断に沿った治療を行ったため、母は急速に回復した。


2011-05-21


この事例では、事故直後からPTSDの典型的な症状があらわれ、そしてPTSDという診断に沿った治療によって「急速に回復」しておりますにゃ。
つまり、
現在進行形の事態に対してPTSDはありえないこと、PTSDは生命が危険に晒される現実の出来事のあとに生じること、という自称大阪の精神科医の見解を真っ向から否定していることになりますにゃー。


ありゃりゃ、こりゃどっちを信じればいいんでしょうかにゃ?

「大阪の精神科医」とやらは信用できない

PTSD(心的外傷後ストレス障害)の定義をご覧になれば歴然としたことにゃんが、放射能に関する強い恐怖心があれば、PTSDを発症してもなーんにもおかしくにゃーと思えますにゃ*2。これだけでももう自称「大阪の精神科医」とやらが信用できにゃーです。


ほかにも、あの「精神科医」の発言はソースもわかんにゃーし、そもそも文科省の文章 ※PDF注意を思いっきり誤読しておりますにゃ。文科省の文章には、津波地震などの災害とPTSDの関わりは確かに書いてあるし、放射線心理的ストレスが放射線被曝より有害であることも書いてありますにゃ。でも、放射線PTSDと直接は書いてにゃーです。
はてブでもツィッターでも、ソース不明で誤読しまくりのこの陰謀論めいた与太記事を鵜呑みにしちゃっているお方が結構いたけど、こまりものにゃんな。
そして、単なる与太というだけでなく、この記事の立場は大きな問題を抱えてもいるのだにゃ。


ま、とにかく、自称「大阪の精神科医」については、ソース不明のうえ、発言内容も信用ならにゃー。ここはどう見ても大泉さんの記事のほうが信用性が高いってのは確実なところでしょうにゃー。実名ライターが自分の母親の病気のこと、裁判のことでウソってのもほとんど考えにくいしにゃ。


避難先、あるいは低線量被曝地域に居住している人たちが様々な自覚症状を訴えていますにゃ。それらのすべての症状が心理的なものだと断言するつもりはカケラもにゃーのだが、そのほとんどは心理的なものに起因するのではにゃーかな?
特に
チェルノブイリ事故において、被曝地域で18歳以下の子供を抱えた女性にのみ、DSM-III-Rという診断基準での精神疾患のリスクが高かったという論文もあってにゃー*3。もちろん、ガキを抱えた♀がこの事故で精神的な失調状態になることを、笑いものにしたり非難したりということは話にならにゃーですね。これは、明らかに原発事故の被害ですにゃ。実に深刻な被害にゃんね。

精神的な被害の深刻さを見誤るな

鼻血や下痢などの症状に際し放射線被曝との関連を示唆しない(あるいは否定する)医師を「御用」だのなんだのと忌避する動きが低線量被曝をしたひとたちの一部に見られるようですにゃ*4


放射線被曝を原因としていない症状を、放射線被曝のせいと決めつけてしまうことは、適切な治療の機会を逸してしまうことであり、これは個々人にとって実に危険なことですにゃ。例えば、大泉さんのお母さんの事例で、被曝を起因とする生物学的な問題だと思い込んでPTSDだと認めなかったら、さらなる自殺企図など生命に危険がおよぶ事態になっていたかもしれませんにゃ。


原発を推進したいヒトタチ、あるいは容認のヒトタチは、こう言うかもしれにゃー
「低線量被曝の被害なんて、しょせん、精神的なものにすぎないでしょ?」


「しょせん」? 「〜にすぎない」?
とんでもにゃーことだ。
チェルノブイリ事故の精神面への影響は生物学的なリスクに比べ非常に大きかった」とIAEAが公式にいっているし、この見解は他の国連機関や科学者共同体にも共有されているようですにゃ。これは「チェルノブイリ事故の被害はたいしたことない」ということを意味しにゃーのだ。その多くの部分は社会的・心理的なものであったけれど、それは確実にチェルノブイリ事故の広範で深刻なる被害なのですにゃー。


精神的に追い詰められれば、人間は健康を害し、時には死に至るのだにゃ。前回エントリでは、避難リスクは被曝リスクの2500倍、などとざっくり書いたけど、ようするに避難リスクに代表される、心理的・社会的に構成されるリスクというのは、被曝リスクよりも圧倒的にでかいというのがその趣旨でしてにゃ。チェルノブイリ事故の健康被害の実態は、そのほとんどが社会的・心理的なものだったってのはガチだろ。


困ったことに
この国は、精神的な被害を軽視する国だにゃ。民事の損害賠償請求裁判においても、精神的な被害は雀の涙にしかならにゃーことが多いようだにゃ。大泉さんのお母さんの事例でも、精神的な被害は裁判で認められなかったにゃ。まあ、精神的なものを軽視するってのは親方日の丸だけではにゃーだろうけど。にゃるほど、人の心を踏みにじり放題のこの国では自殺も多いわけだにゃ。


しかし
被害の大きな部分を占める、精神的な被害に関する速やかなる調査・手当て・補償は必ずされなければならにゃー。これは本当に深刻なんだにゃ。
個別の精神的失調についての因果関係を証明するのではなく、精神疾患における疫学的な因果関係*5が認められれば(まず間違いなく真っ黒にでる)、原発事故の精神的な被害への補償の道が開かれるはずだにゃ。
そして、これこそが東電と政府の責任をもっとも正面から問うものであると信じますにゃ*6
その技術的あるいは運用論的・リスク論的側面においても僕は原発に否定的だけど、なにより心を持った社会的な生き物であるニンゲンに受容できる技術ではにゃーと考えますにゃ*7


一応いっておくけど、ガンなどの健康被害を軽視するってのはありえにゃーですよ。そもそも、健康被害を軽視したら、社会的・心理的に被災者をさらに追い詰めることになるのは必然もいいところなのだにゃ。精神的被害の重視ってのは、被曝被害の重視と論理的に結びついているのだにゃ。
大事なのは被害の実態なのですにゃー。

被害から目を背けさせるのは何か?

そして、さらなる問題があるのだにゃ。
心理的・社会的な被害を軽視しているのは、原発を推進したいヒトタチだけではにゃーのだ。原発に反対しているヒトタチ・原発をやめたいヒトタチにも広く見られることなのではにゃーだろうか? いや、心理的な被害をもっとも軽視しているのは、実はこのヒトタチなのではにゃーのか?
だってさ
例えば下痢などの症状を放射線被曝を原因と見立てにゃーだけで「信用出来ない」「医者はしょせん政府とグル」などとおっしゃるお歴々がいるんだぜ*8。短時間に40mSv被曝した大泉さんのお母さんの激しい下痢・口内炎・倦怠感・胃の痛みなどの症状ををPTSDだと診断した医師が、こうしたヒトタチに何と言われるか? 多くの症状が心理的・社会的なものだと学者が発言したら、いったい何と言われるか? 心理的な被害が大きいことを前提にして「補償のためには調査を」と発言したら、いったい何と言われるか?
僕には目に見えるようにゃんぜ*9


被曝の影響を過大視し、心理的な被害を軽視することは、被害の実態から目をそらすことであり、被害の総体をかえって隠蔽することにもなるんだにゃ。
放射線医学的な被害に拘泥して、危険を増大させているのは何なんでしょうにゃー?
原発事故の被害実態から目を背けているのは誰なんでしょうにゃー?

奴らの認めざるをえないことを認めさせようぜ

先ほども書いた通り、チェルノブイリで精神的な被害が放射線による被害より圧倒的にでかかったというのは、IAEAをはじめとする国連諸機関や科学者共同体が認めていますにゃ。明らかな精神的被害については医師の診断書もとれますにゃ。


チェルノブイリでは避難住民の寿命が65歳か ら58歳に低下しました。がんのせいではありません。鬱病アルコール依存症、自殺などのためです。移住は容易ではありません。ストレスが非常に大きくなります。そうした問題を把握するとともに、その治療にも努める必要があります。さもないと住民の皆さんは自分が単なるモルモットだと感じてしまうでしょう。」*10
と発言している山下俊一なら、喜んで事故の精神的被害について勤勉に調べてくれることでしょうにゃ*11


原発が巨大利権のカタマリだってのは事実にゃんが、その運用はタテマエ上は国際機関の公式見解に従わなければならにゃーってのも事実。被害への補償も原発の運用の一環であり、科学的になされなければならにゃーってタテマエを、政府も司法も決して否定することはできにゃー。


科学性(つまり、事実と論理)を放棄してしまったら、権力を相手に被害者救済のためのイデオロギーゲームをしても勝ち目があるわけはにゃー。被害を痛ましく思い、当然の補償を望むのであれば、ここではなによりも科学を武器にするしかにゃーのだ。そして、精神的被害のでかさは科学的に証明されているといってよく、IAEAをはじめとする国際機関も科学者共同体も認めていますにゃ。「奴ら」はそれを認めざるをえにゃー。それが科学的に事実とされれば認めざるをえにゃーのだ。
奴らの認めざるをえにゃーことを、補償においても奴らに認めさせればいいんだにゃー。

最後に


現実にそこに被害があり
そして
僕たちが被害者によりそう意志を持っている限り


科学はかならず被害者の力になる

*1:必要な応答は別稿でかならずやります

*2:PTSDの診断基準が現場ではどうなっているのかわからんので、おかしかったら突っ込んでください>精神科医のかたがた

*3:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9356574

*4:もちろん、こうした医師への忌避そのものが精神的なストレスを原因とするものかもしれない。話は何重にもこんがらがっている

*5:被曝を受けた地域・避難地域などで普段より明らかに特定の疾患が増えると、そこには絵医学疫学的な因果関係があるといえるだろう。相関関係とのちがいとかいう話はここでは面倒なのでパス

*6:精神的被害をどこまで補償するかの線引きはヒッジョーに難しい問題だが

*7:この話も詳しくは別稿になるかな。宿題たっぷりぷり

*8:ツイッターではけっこう見かけた。実際にどれくらいたくさんいるかは知らんけど

*9:僕は実際にエア御用呼ばわりされておりまつ

*10:ドイツ「シュピーゲル誌」のインタビュー

*11:一応いっておくと、放射線被害の影響が疫学的にあれば、山下はそれを認めざるをえない。科学的調査はそうそう思い通りになるものではない